寄席の紙切りご祝儀

2016年7月 
【寄席の紙切りご祝儀】 1000円


 寄席にはいつもひとりで行っていた。
 ところがこの度、落語を聴いてみたいという友人が現れ、7月のある日、一緒に寄席へ行くことになった。
 初めて寄席に足を踏み入れる友人に合わせて、私も初めてのことをしてみようと思い、紙切りの林家正楽さんに、紙切りのリクエストをすることにした。
 ベテランの正楽さんには、リクエストするお客さんも多く、リクエストが通りやすいのは、こぢんまりとした池袋演芸場が良いだろうと踏んだ。
 都内の寄席のうち、もっともお客さんの入りが控えめな池袋演芸場は穴場で、舞台と客席の距離も近く、大好きな芸人さんのいる人にとっては、間近で見られる素晴らしい寄席なのだ。
 ところで、寄席で紙切りのリクエストをしているお客さんを見てきて気づいたことは、紙切りの御礼として、ポチ袋をさっと手渡している人がいることだった。
 リクエストが叶う人数は、大体2、3名。その中で、常連風の人がポチ袋を用意してきている。
 もちろん、渡さなければいけない決まりはないのだけれど、せっかく自分のためだけに切ってもらうのだから、その芸に対しての御礼の気持ちは表したいと私も思う。が、一体、いくら包めばよいのか…。
 行き着いた額が1000円。
 その旨、友人に伝えると、
「祝儀は私がえみちゃんにプレゼントするよ!」
 と、思いもよらぬご厚意を得ることに。
 がぜん、紙切りをゲットせねば! と気合いが入った。
 そして、当日、いつもよりドキドキしながら、池袋演芸場は最前列センター寄りの席に陣取った。
 いつもなら、お気楽に落語や漫才を楽しんでいるけれど、今日は違う。自分の目には、変に力が入っている。
 正楽さんの出番が近づくにつれ、必ずやリクエストを正楽さんに届けたい、届かないなんてのはありえない、あってはならないと、ギラギラ目が光り出していた。
 そんな視線をよそに、正楽さんが出囃子と共に飄々と現れた。そして、ごあいさつがてらの紙切りを1枚切り終えた後、
「では、お客様からのリクエストにお応えします」
 と言うやいなや、私の右隣に座っていた常連風のおじさんが「永六輔!」と、言い放ち、かぶせるように私の「たぬき!」が続いた。
 自分でも驚くほど、気合いの入った強い声が出た。正楽さんもちょっとびっくりした顔で私の方を確認した。
 たぬきは、無事に正楽さんに切ってもらえることになった。
 私の手元にポチ袋があることに気づいた隣の常連風おじさんは、永六輔を切ってもらっている間に、財布からお札を取り出して、永六輔と引き換えに正楽さんに手渡していた。やはり1000円だった。
 はれて、私もたぬきを切っていただき、正楽さんに御礼をお渡しすることができた。友人は、新札を用意してくれていたので自信たっぷり差し出せた。
 ということで、今月は特別編。
 友人からの1000円を、あたかも自分のものとして差し出した気晴らし1000円でした!
 *後記*
 友人との落語観賞会はその後も続き、今度は私がご祝儀を用意して、友人が紙切りのリクエストをした。また時々リクエスト、やってみたい。

2016

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